こんにちは、設計担当の井上です、今日は設計以外のことです。
井上のブログは「つまらねえ」って言われないように地元の話題です。
今週末26日土曜日に行われます、地元の高尾祭のことをお知らせします。

今年、御殿場区の協議員を務めさせていただいています。
まさか、高尾祭の御札を扱う社務所に、羽織、袴で立つ事になるとは夢にも思っていませんでした。
又、自分の地元のこと何にも分かってなかったなって、つくづく思っています。
このブログもそうですが、調べないと書けませんでした。

小さい頃は、高尾さんって言っていました、夜店が賑やかで、何より楽しみだったのが、「射的」でした。
タバコ吸うわけじゃないのに、ジッポみたいなライターにいろんな絵が書いてあって、その景品を落として
貰うのがすごく嬉しかったです。(なかなか落ちないんですよ)
大人たちは「お宝」って言って説明が難しいのですが
飾り熊手の飾る元が熊手でなくて、木の枝のように組んである棒に、小判や米俵や招き猫などがぶら下がっている
縁起物を買って、家に飾ることが習わしみたいになっていて、どこの家にいっても飾ってありました。
旧246から御殿場高校へつながるメインストリートはこのお店で一杯でした、今は随分減っちゃいましたね。

さて、この高尾祭何のためにやっているかというと、商売繁盛、資本金授与、養蚕の神社として大元は、
山梨県南アルプス市櫛形山北東腹の山間集落である高尾に位置している高尾山穂見神社が本社なのかな
と思います。引用(フリー百科事典『ウィキペヂィア』)

御殿場の夜祭高尾祭で検索するとこんな説明がありました。
高尾山穂見神社は、家康公の命で建てられた御殿跡に東照宮を祀る「丸の内神社」の社内神社として
元和元年(1616年)創建されました。
別号御崎大明神、古来五穀豊穣商工業繁昌の神として、甲州信越駿州武州の諸国に多数の信者のある神様です。
また、明和5年(1768年)産業の神「大山祇神(オオヤマツミノカミ)」を、天明3年(1783年)
「厳島姫命(イチキシマヒメノミコト)」が合祀されています。
天保3年(1837年)補修再建され、現在の社殿は、昭和45年に多くの篤志家により再建されたものです。
やっと設計士っぽくなってきました。
こんな感じです。

穂見神社

本当に恥ずかしい話、地元でこんなに住んでいて知らなかったのですが、ここにはもう一つ神社があるのです。
吾妻神社

同じ神社だと思っていました、この写真見るとわかると思います。
左手にあるのが、穂見神社、奥にあるのが吾妻神社です。

参道が並行に並んでいるんですね。
吾妻神社は又この次の機会があれば紹介します。
最後にもうひとつ、御殿場高校生に伝わる話として
高尾山の祭りにカップルで行くと、別れるって話、昔からあるそうなんですが・・・。

実は、縁結びの神様ですから、安心していらしてくださいね。
社務所でお待ちしております、今年も寒くなりそうです、風邪をひかない格好でね!